つい先日ユネスコの無形文化遺産に登録されたペルーの国民的料理「セビーチェ」。スペイン語では「ceviche」「cebiche」「seviche」「sebiche」など様々な綴りが用いられていますが、果たしてどれが正解なのでしょうか?
スペインの国立言語アカデミー(RAE)のスペイン語辞典には、「cebiche」と「ceviche」の二種類の表記があり、さらにそれぞれの同義語として「seviche」や「sebiche」も掲載されいます。
一方、ペルー言語アカデミーによるオンライン辞書「ペルアニスモス辞典(DiPerú)」の見出し語は「cebiche」のみであり、この男性名詞について「生の魚介を使った料理。レモンや酸味のあるオレンジでマリネした魚介類をひと口大にカットし、薄切りにしたタマネギとトウガラシを添えて出す」と定義しています。
セビーチェは伝統ある“ペルー語”
言語学者の故マーサ・ヒルデブラントは自著「ペルアニスモス」の中で、愛国者たちによって熱狂的に歌われていたかつての国歌「La chicha(ラ・チチャ/ 1820年作詞)」の歌詞に登場していることからも明らかなように、セビーチェは200年以上の歴史を持つペルーの言葉であると指摘しています。
ヒルデブラントはまた、セビーチェの伝統的な綴りはSで始まる「seviche」と「sebiche」だが、最近では「cebiche」の綴りで普及していると記しています。
「1970年版までのRAEスペイン語辞典を参照していた読者は、“cebiche” と “seviche” が異なる単語として掲載されていることに気付いていた。(これらの単語は)どちらもペルーに言及していたものの、双方の定義が食い違い適切とは言えなかったため、1984年版ではこの不一致がが修正され “seviche” が “cebiche” になり、表記上の変化形として “ceviche” の綴りも記載されるようになった」
ヒルデブラントによると、セビーチェは「食べ物、ごちそう」という意味の「cebo」に由来する言葉であり、16世紀までは「carnada(漁や狩猟に用いるエサ)」という意味もあったようです。この「cebo」は、サラマンカ(スペインの一州)語の「cebique(セビケ / 鳥がヒナに与える餌)」が元になっているとする説もあります。
本来セビーチェ(cebiche)には「小さな食べ物」という意味があったようで、これは酸味のある汁に漬け込むために小さくカットされた魚の切り身を示唆していると思われます。ヒルデブラントは、この語源が受け入れられ「cebiche」と表記されるようになったと言います。
セビーチェはもともと、余った魚のエサとレモンを材料に、お腹を空かせた漁師が急ごしらえで作った料理だったのかも知れません。
Sで始まる「seviche」は伝統的な綴りですが、語源を気にする話者はCで始まる変化形「cebiche」の方を好むでしょう。1984年版以降のRAEスペイン語辞典においては、このことが「cebiche」表記の優位性を認める基準になったようです。
伝統料理としてのセビーチェ
ペルーの伝統料理であるセビーチェを国家文化遺産に指定する文化庁(当時)決議第241-INCには、スペイン侵略時代にペルー太平洋岸で「生の肉や魚」が食され、その生魚料理は「Gualquen(グアルケン)」と呼ばれていたこと、またこの習慣がティティカカ湖とその支流域にも広まっていたことが示されています。
同決議ではさらに、ペルー先住民によるこの一品が17世紀に進化を遂げ、その呼び名もやがて「Seí-vech(セイベチ)」へと変わり、その後イスラム文化を受け継ぐ女性たちによりペルーにもたらされたレモンが加えられ、国民的料理になったと考察しています。
一方、ペルー文化書誌資料基金(El Fondo Bibliográfico de la Cultura Peruana)は、歴史的に正しい綴りは「seviche」であると見なし、ペルー料理におけるムーア人(※中世のマグレブ、イベリア半島、シチリア、マルタに住んでいたイスラム教徒を指す)の影響を受けた発音を強調しつつ、この伝統料理を特定するために「ceviche」もしくは「cebiche」という単語が使用されていることに言及しています。
セビーチェに舌鼓
ペルー貿易観光促進庁(Promperú)は同庁のウェブサイトで、その起源や調理法、また名称(綴り)とは無関係に、セビーチェはペルー人のみならず外国人の舌をも魅了する一品であると述べています。
「これらの単語がスペイン語の語彙であることを裏付ける、語源的・歴史的・地理的・音声学的な理由が存在している。初期の段階では単一の綴りであった“セビーチェ”は、時間の経過とともにその形態を変え、(複数の綴りが)今でもRAEのスペイン語辞典に掲載されている」とエル・ウニベルソ紙(エクアドル)のコラムニスト、ピエダー・ビジャビセンシオは説明しています。
同庁の国内旅行振興ポータルサイト「Y tú qué planes(で、君はどこへ行くの?)には、「セビーチェはペルーでも特に伝統的な料理のひとつで、全国津々浦々に数え切れないほどのレシピが存在し、これは社会的空間や文化的認識としてのペルーの美食の価値を強調する機会でもある。語り継がれるこの一品が築き上げた知識は、今や世界遺産の一部になった」と記されています。
(ソース: Andina)
Peruanismos(ペルアニスモス)
「Peruanismos(ペルアニスモス / ペルーニズム)」とは、ペルーで話されているスペイン語特有の単語や表現、言い回しなどを指します。これらの用語は、ペルーの文脈で特定の意味を持つ場合もあれば、他のスペイン語圏で異なる使い方をされる単語の地域的なバリエーションである場合もあります。
スペイン語圏の国にはそれぞれ特有の慣用句や表現があり、ペルーも例外ではありません。ペルーの言語的、文化的な豊かさを反映するペルアニスモには、先住民のルーツやアフリカのルーツ、他の言語からの影響を受けた言葉が含まれることがあります。このようないわゆる “ペルー語“ には、他のスペイン語圏の国で通じるものもあれば、その地域特有のものもあるので注意が必要です。
“ペルー語” の例としては、”chévere”(「良い」「素晴らしい」といった意味)、”chamba”(仕事)、”pata”(友達)などの単語が挙げられます。これらの単語は、ペルーのスペイン語が長い年月をかけて独特の特徴を持つようになったことを示す一例です。