さあ祭りの始まりだ!樽に入った初摘みブドウを、情熱的な黒人音楽のリズムに合わせて踏み潰す乙女たち。若草色の果実が弾けるたびに、甘酸っぱい香りが周囲に広がる。眩しい陽射しが彼女たちの素足を容赦なく照りつける。そう、そこにはいつも太陽がある。
南米でワインと言えば、チリかアルゼンチンが有名だ。日本でもチリワインの魅力は良く知られているし、アルゼンチンのメンドーサ産と聞けば、それだけで信用に値するといっても過言ではないだろう。
しかし南米で初めてブドウ栽培が行われたのは、何を隠そうここペルーなのだ。征服者フランシスコ・ピサロがインカ皇帝アタワルパを捕らえたのは1532年。翌年アタワルパは処刑され、スペイン人による本格的な南米支配が始まった。黄金に目の眩んだならず者たちはカトリックの布教という大義名分を掲げ次々と教会を建設していったわけだが、そのミサに欠かせないのがワインである。当時のクロニスタ(年代記作者)たちも「南米初のブドウ園は、クスコの荘園マルカワシに造られた」と書き記しているという。聖都クスコに突然降臨した異国の神の血を、かつての絶対神であった太陽の光が育む。なにやら皮肉な話だが、それもペルーの多様性を生み出す一つのエッセンスなのかもしれない。
そして現在。ブドウの収穫期にあたる3~4月には、ペルー各地で「ベンディミア」が開催される。“豊かな恵みをもたらしてくれた大いなる存在に感謝する祭り”のはずだが、近年はイベント性ばかりが重視されがちで、そこにかの神々の姿を見出すことはなかなか難しい。と思っていたら、今年はワイングラスを手にした男性がデュオニソスさながらの格好でイベントを盛り上げていた。
なぜここにギリシャの神が!」という抗議の声が天から聞こえてきそうだが、「とりあえず今を楽しむべし」というラテン的遺伝子はカトリックと共に旧大陸から伝わったもの。飲んで歌って夜通し踊り続ける迷えし子らを見守るしかない天の神は、丸まると肥えた酩酊の神と肌を露わにした若き乙女たちを眺めながらヤキモキしていたに違いない。
ところで肝心のペルー産ワインの話。ペルーには世界の愛好家たちを納得させる素晴らしいワインもあるにはあるが、当地ではケブランタ種の栽培が盛んで、国全体でみるとワインよりピスコ造りに重きが置かれているようである。スペイン人がもたらした数あるブドウの中で、ペルーの大地と最も相性の良かったものがワインよりピスコに向く品種であったという事実に、私は「これはきっとインカの神による小さな仕返しに違いない」などと思ってしまうのだが、さて、皆さまはいかがだろうか?
ベンディミア:ブドウの収穫を祝って毎年3~4月に行われる祭り。ペルーにおける起源は定かではないが、例えばリマ市サンティアゴ・デ・スルコ区では1938年から続いている。ワイン販売の他、「ミス・ベンディミア・コンテスト」も開催される。
ペルー人は総じて甘いモノが好みらしく、地方の小さなワイナリーで造られるワインも甘みの強いものが多い。一方、富裕層や外国人が多いリマ市内のスーパーでは、売り場のほとんどを他国の辛口ワインが占めている。ペルー料理を礼賛しながらそのお供は隣国産のワインというのは何やら後ろめたいのだが、その棚が国産で埋め尽くされるにはまだまだ時間がかかりそうなので仕方がない、と自分に言い訳をしている。
※この投稿は、海外在住メディア広場のコラム「地球はとっても丸い」に2012年5月5日付で掲載された記事を再構成したものです。文中の日時や登場人物等が現在とは異なる場合がありますのでご了承下さい。