夏の日差しを溶かし込んだような黄金色の一杯が、渇いた喉を潤す。グラスに唇を添えた瞬間、爽やかなレモンの香りに期待が膨らむ。喉をかけ下りたその液体はまるで大地に滲みる雨のように身体の隅々にまで行き亘り、その後、ふわりとした余韻が全身をやさしく包み込む・・・・・・
ペルーでピスコサワーを祝う日が制定されてから、今年で9年目だ。毎年2月第一土曜にはペルー各地でイベントが行われ、その規模は年々拡大している。この日が近づくにつれ、「ペルー人なら、この日にピスコサワーを飲まずしてなんとする?」といわんばかりのコラムが新聞やインターネットを賑わせ、それを見たリマ市民は「そうよ、今週末はピスコサワーの日だわ!」と今初めて気づいたかのようにうきうきし始めるのだ。フェイスブックのピスコサワー関連ページには「ピスコサワー、最高!」「ペルーの誇りだ!」という言葉がずらりと並び、そのテンションの高さには圧倒される。いやはや、これほど国民に愛されるカクテルがあるものだろうか。
私もピスコサワーを飲みに、いや、ピスコサワーをこよなく愛するいとしきペルー人たちを眺めに、祭りへと出かけた。会場には、ペルー各地から集まった36のピスコメーカーが自慢の酒をずらりとカウンターに並べている。バーテンダーが小気味よいリズムでシェイカーを振り、舞台ではブラスバンドの演奏や歌が披露されていた。傍らでは、イベントの開催を告げる地元区長を各局のカメラマンが取り囲んでいる。報道陣の多さからも、国内のピスコ人気が窺える。
主役はもちろんレモンベースのピスコサワーだが、カウンターに彩りを添えていたのはここ数年ブームの創作カクテル。アマゾン原産の果実カムカムや紫トウモロコシを使ったカクテルは目にも鮮やかで、いかにも女性受けしそうな色合いだ。コカの葉を漬け込んだピスコで作るコカサワーは、葉の苦みがわずかに舌に残るが、夏のゴーヤのごとく疲れた身体をすっきりさせてくれる一杯だった。ペルーの豊かな実りとピスコへの愛情が、作り手の創作意欲を刺激するのだろう。食用ほおずきやパッションフルーツのカクテルもあり、ペルー人の自由な発想に思わず拍手を送りたくなった。
ひとしきりイベントを堪能し家路につこうとした私は、ふとある老婦人の姿に惹きつけられてしまった。グラスを傾けながら、バーテンダーとの小粋な会話に興じる彼女。20世紀初頭に生まれたピスコサワーの歴史に、齢を重ねた彼女の表情がなぜか重なり合った気がした。この温かくてふわりとした感覚は、先ほど飲んだカクテルの余韻? それとも彼女の満ち足りた笑顔のせいだろうか。心の中で彼女に祝杯を捧げた後、私はもう一度会場に引き返したのだった。
ピスコサワー:ブドウの蒸留酒ピスコにレモンと卵白、ガムシロップを加えて作るカクテル。2004年4月22日、ペルー生産省により毎年2月第一土曜日はピスコサワーの日と制定。2007年10月18日、ペルー国内文化遺産に登録。
※この投稿は、海外在住メディア広場のコラム「地球はとっても丸い」に2012年2月21日付で掲載された記事を再構成したものです。文中の日時や登場人物等が現在とは異なる場合がありますのでご了承下さい。