「文藝春秋デラックス:美味探求 世界の味 日本の味」を手に入れた。以前取材させてもらった鈴木健夫さんの話に出てきた一冊だ。
彼の人生を変えた一ページは、見開きにあった。黄味を帯びた古い写真。デジタルカメラでは再現できないノスタルジックな雰囲気が漂う。ペルーがテロの恐怖に包まれる以前、首都リマにはまだヨーロッパの空気が色濃く残っていた。古い移住者の「昔は日本なんかよりペルーのほうがずっと先進国だったんだよ」という言葉を思い出した。
巻頭特集にはペルーを皮切りにアルゼンチン、スイス、オーストラリア、タヒチ、レバノン、スペイン、ギリシャ、ドイツ、インドの国々の食卓の風景が並んでいる。それぞれの国の食事情や料理名が筆者の感想とともに記されているのだが、その文章から、筆者にとってペルー料理がいかに未知の領域だったかが窺える。鈴木さんは40年前にこの写真とコメントを見て、自分の将来を決めた。取材時は「たった一枚で?」と思ったが、ほかのページの見比べた今なら、鈴木さんの気持ちが分かる気がした。
それにしても40年前の雑誌は濃密だ。写真もだが、執筆者の顔ぶれがとにかく豪華。当時売れっ子だった作家や評論家、料理人が綴る文章には奥行がある。書き手の個性だけでなく、知性を感じさせるコラムを読んだ記憶がここ最近はほとんどない。文章の薄っぺらさは即ち書き手の人間性の薄っぺらさ。自戒の念も込めて、ここに記しておこう。
なんて物凄く褒めているが、笑えないミスもある。例えば目次。巻頭特集の部分に「世界の料理……写真・田沼武能」とあり、その下に「ギリシャ、レバノン、タヒチ…」と国名が続く。そこにはなんと存在しない「チリ」が入っていて、トップを飾っている「ペルー」の名前がどこにも見当たらないのだ。筆者だけでなく、編集者にとっても両国を取り違えるほど南米は遠い存在だったのだろう…なんてかばえないほどの痛恨のミスだが、間違えた先がまた「チリ」というのも、因縁じみて面白い。
とにかく久しぶりに読み応えのある一冊だ。日本からわざわざ届けてくれたYさんに深く感謝。これからまた読書タイムに突入だ。いざ、美味探求といこうではないか。