その男、ラウル。彼は依頼された仕事は一気に進めるタイプだ。昼休みだからと言って休んだりはしない。ここを掘ってくれと言われたら掘り続け、ここを塗ってくれと言われたら塗り続ける。思い込んだらどこまでも。猪突猛進な男なのだ。
とはいえ依頼側にも都合がある。例えば午前の仕事は昼までに終えてもらわないと、こっちは食事ができない。もちろん工事がずれ込むことを想定して準備はしておくのだが、それでも主婦としては気になるところである。
「ラウル、あんた、お昼は食べないの?」「俺の昼メシは5時だ!」「夕方の5時?それじゃお腹が空くでしょう?」「腹は空かん!」「空かないの?」「腹は空かん!」「ほんとに?」「俺はパスティージャを飲んでるから、腹が空かないんだ!」・・・パスティージャ(薬)?
ラウル曰く、それは空腹感を抑える薬らしく、仕事に集中したい時はいつも服用するのだそうだ。彼の顧客の1人であるアメリカ人が売ってくれる、アメリカ製の特別な薬だという。でもそんな薬が身体にいいわけがない。
「その薬、いくらするの?」「んー、ミルソレス!(1000ソレス=約3万円)」「高いっ!じゃミルソレスで何粒あるの?」「10個!」「1つ100ソレスもする薬?そんなの騙されてるよ!」「違う!100ソレス!25個!」(まったく数字に弱いんだから)「でもメニュー(昼の定食)が10ソレス程度なんだから、薬なんか飲まないでご飯食べなよ」「違う!これはいい薬だ!腹が減らない!」「そのアメリカ人に騙されてるってー」「違う!グリンゴ(米国人の蔑称だがこの場合は愛称)はいい奴だ!」「騙されてるよー」「あんた、コンプタ、持ってるだろ」「あぁ、パソコン?あるよ」「あれで見ろ!グリンゴ、クスリ、腹が減らない、で出てくる!」それじゃ出てこないってぇ・・・。
「そんなにいい薬ならダイエットに丁度いいから、今度私にも売ってよ」「ははは!でもな、腹は減らないが、その薬を飲みだしてから腹が出てきた!」と、ラウルはポコンと出た下腹を叩いてみせた。あぁ、もうそれ、その変な薬の副作用なんじゃないの!?「副作用って、なんだ!」「悪い薬を飲むことで、身体が余計悪くなることだよ!」「悪い薬じゃなーい!」あぁぁ、泣けてくる。
その男、ラウル。彼はそのグリンゴに絶大な信頼を置いているらしく、「グリンゴはいい奴だ!」と何度も言った。でももしそのグリンゴに会ったら、私は一発殴ってしまうかもしれない。