リマでは「Preferencial (優先)」という言葉をそこかしこで目にする。公共施設のみならず、銀行や電話会社など民間企業の接客カウンターにも「優先窓口」が設けられており、妊婦や子供連れ、お年寄りや障害者への応対が優先される形になっている。
これは2006年に公布された国内法に基づく措置だ。違反に対しては当然罰金も科せられる。好むと好まざるとに関わらず、企業は必ずこうした受付窓口を設置しなければならない。では、この法律がなければどうだろう。人々は弱者を押しのけてまで、我先にとサービスを要求するだろうか。
例えばスーパーの「優先レジ」。店舗によってはレジのそばに長椅子を置いているところもあり、お年寄りが自分の順番まで座って待てるようになっている。例え優先レジが空いていても、一般客は誰もそこには並ばない。待たされることに対して店側にクレームを言うことはあっても、お年寄りや妊婦に直接不満をぶつけるような人は未だかつて見たことがない。
リマ市内を縦横無尽に走るバス。車体は汚いし運転の荒さは最悪だが、お年寄りや妊婦が乗ってくると、優先座席に座っている人は何も言わずすぐ席を立つ。子連れの母親や障害者に対しても同様だ。
もちろん混雑した通勤時間帯の車内では、一度確保した席を譲りたくないと思うのが人の常だろう。しかし車掌が「はいはい、妊婦さんが乗ってきたよ。誰か彼女に席を譲ってはくれないかい?」と声をかけると、一度に複数の男性が立ち上がったりするのだ。マチスモ(※)の国ペルーでは「弱き者をいたわることができぬ男など、紳士ではない」ということなのだろうか、あるいは「母」という存在を神聖化するマリアニスモ(※)の影響か。いずれにせよそうした行為を義務とは考えず、ごく自然にふるまえる余裕がペルー人にはある。
ペルー人のこうした優しさは、社会的弱者にだけ向けられるものではない。大きな荷物を持った人には、「あなたのその荷物、私のひざに置きましょうか?」と気軽に話しかけてくれる。私もホールケーキを片手にバスに乗ろうとした時、「おっ 誰かの誕生日かい?ケーキはまっすぐ持たないとね」と言われ座席を譲ってもらったことがある。彼らは人に声をかけることを少しも躊躇しない。人と人の垣根がとても低いのだ。
たとえ先の法律が施行されていなかったとしても、「おいおい、この列はいつまで待たせるんだ!こちらのご婦人がお疲れじゃないか!」と叫ぶ「紳士」が一人や二人は必ずいるに違いない。個人主義で自己主張が激しい半面、他人に無関心ではいられない。そんなおせっかいで優しいペルー人の性格が、結果としてこの国のバリアフリーに結びついているように思う。
- ペルー法令第28683号-”受付窓口では、妊娠中の女性、子供、老人、障害者は優先的に応対されなければならない”
- マチスモとは・・・男性優位主義。男らしさや強さを第一とするラテンアメリカ共通の意識。
- マリアニスモとは・・・聖母マリア崇拝に由来。女性、特に母親が持つ慈愛や献身、道徳性、包容性を神聖視し、男性に対し女性は精神的優位性をもつとする思想。
バブル時代後期に社会に出た私にとって、「フェミニズム」は当たり前の考えだった。しかしこの国に来てからというもの、「女性だから」という理由だけでどれほど親切にして貰えることか!マチスモもマリアニスモもその根底には隠れた女性軽視が存在し、それゆえ問題も多いが、「強い者が弱い者を守る」といった基本的スタイルは大切にされてしかるべきだろう。弱者に対し、我々は正しく手を差し伸べているだろうか。
※この投稿は、海外在住メディア広場のコラム「地球はとっても丸い」に2012年10月21日付で掲載された記事を再構成したものです。文中の日時や登場人物等が現在とは異なる場合がありますのでご了承下さい。