毎年7月28日はペルーの独立記念日。クリスマスやセマナ・サンタ(聖週間)と並ぶペルーで最も重要な祝日の一つだ。7月初旬から「ペルー独立記念日 おめでとう!」といったスポットCMが目立つようになり、街は紅白の国旗に埋め尽くされ、愛国的な雰囲気に包まれていく。「愛国」と聞くと眉をしかめる人もいるだろうが、他国による絶対的支配から己の自由を勝ち取ったという誇りや自負は、被植民化経験のない日本人には理解し難いことかもしれない。
さて独立記念日の数日前から、ペルー人にこんな質問をしてみた。
「あなたは独立記念日に何を食べますか?」
クリスマスは七面鳥、セマナ・サンタでは魚を思い浮かべるが、独立記念日用の特別料理は聞いたことがない。しかし食いしん坊でお祭り好きの彼らが、この機会を見逃すはずはないのだ。
最も多かった答えは「Cebiche (セビーチェ)」だった。新鮮な生の魚介をレモンとトウガラシで和えたこの料理は、ペルーの文化遺産にも登録されるほど人々に愛されている。当然のごとく「El Día Nacional de la Cebiche (セビーチェの日)」もあり、6月28日には各地で関連イベントが催される。「独立」というどっしりとした力強さを感じさせる料理ではないが、まあこれは妥当な結果と言えよう。
次に多かったのは「Parrillada (パリジャーダ)」、ペルー風バーベキューだ。家族親戚が集まるハレの日には、こうした豪快な料理が相応しい。「俺のかみさんとこは兄弟が多くてさ。その兄弟の家族も全員集まるから、うーん、そうさな、ざっと60人くらいかな」と軽く答えてくれたタクシー運転手もいた。「60人も入るなんて広い家ねぇ」と私が驚いていると、「いや、実は誰の家に集まるかでいつも揉めるんだよね……」と苦笑い。いやはや、心中お察し申し上げます。
アンデスの伝統料理「Pachamanca (パチャマンカ)」を挙げる人もいた。地面に掘った穴に焼いた石と下味を付けた肉やジャガイモを入れ、ハーブやバナナの葉を被せ土を盛り、蒸し焼きにすること約1時間。アツアツの肉や芋を掘り起こす作業はイベント性に富み、周囲の雰囲気を否応なく盛り上げてくれる。スペイン支配以前の遥か昔より食されてきた大地の鍋。今回得た回答の中では、このパチャマンカが独立記念日に一番しっくりくるような気がした。
意外だったのは、「Pollo a la brasa (鶏の炭火焼)」という声がなかったことだ。ペルー人一人当たりの年間鶏肉消費量は約35kg (ペルー家禽協会/2011年)、自他共に認める「鶏肉大好き」人間たちである。鶏の炭火焼専門店は街の至る所にあり、スーパーの鶏のオーブン焼きでさえ、自宅でのランチにと買い求める人が毎日大勢いる。それほど大好きな鶏料理を肝心の日に食べないなんて! 愛され過ぎるが故に、いざという時に限って浮気心に邪魔されるのだろう。何とも悲しいことだがこれも世の理かもしれない。
他にもさまざまな料理名が挙がったが、結局独立記念日ならではの特別料理は見つからなかった。ペルー人にとって「何を食べるか」はもちろん重要だが、一番大切なのは「誰と祝うか」なのだろう。
今年の独立記念日は快晴に恵まれ、つつがなく終了した。祖国を愛する食いしん坊たちに幸あらんことを。
- ペルー独立記念日:1821年7月28日、アルゼンチン軍人ホセ・デ・サン・マルティンによりスペインからの独立が宣言された。翌日の29日とあわせ、現在は連休となっている。
- セビーチェの日:ペルー生産省により、毎年6月28日はセビーチェの日に制定。
- 鶏の炭火焼の日:ペルー農業省により、毎年7月第三日曜は鶏の炭火焼の日に制定。
今年の独立記念日は、手作りピザとビーフシチューというペルーとはまったく関係ないメニューを選択した我が家。でもビーフシチューの素は日本製。これは貴重!ということで、十分特別な晩餐会となりました。
※この投稿は、海外在住メディア広場のコラム「地球はとっても丸い」に2012年8月20日付で掲載された記事を再構成したものです。文中の日時や登場人物等が現在とは異なる場合がありますのでご了承下さい。